「技術があっても量産できない」と詰んでしまうのがEV?【自社バッテリーの必要性】
こんばんは、@kojisaitojpです。以前佐川急便が「全車EV化」を表明して、その製造元が中国メーカー(ただし日本メーカーが設計・規格)だったという衝撃のニュースがありましたが、今度はリコーがEV化を打ち出してきました。
「電動車」って単語が引っかかるけどEVのカーシェアとかもやってる会社だからEVとPHEVになると期待したい。
リコー、社用車すべて電動化 8000台を順次: 日本経済新聞 https://t.co/ezH9jdENPJ— saito koji@次の海外旅行の前にEV購入? (@kojisaitojp) May 29, 2021
佐川急便の時と違い今回のリコーは車両をどこから調達する、また具体的にどのような車種を必要とするのかについてはアナウンスがありませんが、そもそも「8000台を日本メーカーが用意できるの?」という疑問が真っ先に思い浮かびました。
そのような疑問を提起すると「作れないんじゃなくて、あえて作ってないだけだ」「本気になればいつでも作れる」と猛反発される光景がTwitter上などでは日々繰り返されていますが、本当に「いつでも作れる」のでしょうか?
今日はリコーが打ち出した「全車EV化」の具体的な内容を検証しながら、私がなぜ「日本メーカーが大量のEVを生産できないのか?」について解説してみます。
目次
リコーから見てとれるESG投資・SDGsの観点から不可避な社用車のEV化
今回リコーが打ち出した「社用車のEV化計画」を重要ポイントだけまとめると、
- 2025年度までに約8000台の社用車をEVに変更
- EVはBEVとPHEVのみ(ハイブリッドは除外)
- 役員と支店長の車から先行して置き換える予定
私からすると「役員と支店長の車から先行」という部分にやる気を感じます。営業車ばかり切り替えて自分たちはこれまで通りガソリン車の高級セダンでというのでは説得力ゼロですので。
主な車種として日産「リーフ」とトヨタ「プリウスPHV」、トヨタ「ミライ(FCV)」が挙げられていましたが、役員用の乗用車をリーフやプリウスにするわけにもいかないと思われるので「テスラ・モデルS」や「テスラ・モデルX」を選ぶ可能性もあります。
リコーは民間企業ですから役員用の車がテスラ車になったとしても誰も文句は言えないと思いますが、以前千葉県市川市ではこんなこともありました。
市川市の高級電気自動車「テスラ」購入が大騒動になった理由
昨今、テレビやネットで千葉県市川市での「テスラ問題」が話題になっている。この話はなぜ、ここまで大きな騒動になってしまったのか?
もちろんテスラじゃなくても今年から来年にかけて発売予定のメルセデス「EQS」でもいいですし、高級車と呼べるセダンタイプのEVも増えてますので様々なニーズに合わせてEVを選ぶことができそうな状況です。
役員や支店長の車から率先してEVに切り替えていくことで「本気でEV化する姿勢」を見せることはESG投資などの観点からも投資家に評価されるので有益です。
リコーは以前から営業車に一部EV(主に日産リーフ)を用意しており、以前「営業車を使わない土日はカーシェアで提供」するというやり方でカーシェアをやったことでも話題になりましたが、EVに積極的な企業です。
ですが日本メーカーが抱える問題として「大量の発注が来た際に対応できる量のバッテリーを生産できるのか?」という問題が生じます。
佐川急便が商用車を中国製EVにする衝撃とは?【日産(三菱)以外は終了?】
佐川急便が配送用の軽規格のEVを日本のベンチャーが企画し、中国メーカーが生産したものを導入するという衝撃の発表がありました。しかもこの中国メーカーは「Wuling HongGuang Mini EV」を販売する「広西汽車集団」です。日本市場への中国メーカーの進出が始まったことに日本メーカーは危機感を持つ必要があります。
リコーは約8000台といっていますが、先日の佐川急便のように国内メーカーとの交渉が上手くいかず中国メーカーに発注という可能性も十分あります。
日産やテスラのEV用バッテリーの調達能力はどのくらいか?
意外に知られていないことですが、日産はバッテリーを自社(厳密には違いますが)で調達できています。
そもそもリーフの発売前の2007年に日産とNEC、NECトーキンにより、車載用高性能リチウムイオンバッテリーの設計製造会社としてAESC (Automotive Energy Supply Corporation) が設立されました。
その後リーフのバッテリーはここでAESCが担っていたのですが、日産が経営難に陥った関係で2018年に中国のエンビジョングループに買収され、現在はエンビジョンAESCという名前(中国資本ですが本社は神奈川県座間市)になっています。
工場が神奈川県、アメリカのテネシー州、中国の大連にあります。
日産はエンビジョンAESCの株主ではありますが、子会社ではなくなったことが影響しているのか2021年内に発売予定の「アリア」では中国のCATL社のバッテリーを使用すると言われています。
経営難でも切り売りしていいものと悪いものがあったとは思いますが、そこは本題ではないので今日は触れません。
このエンビジョンAESCがようやくバッテリーの増産計画を出してきました。
日産、日英でEV電池工場 中国系と年70万台分(写真=ロイター)
日産自動車は中国系電池メーカー大手と組み、日本や英国で電気自動車(EV)用電池の新工場を建設する。投資額は2000億円超の見通し。合計でEV年約70万台分に相当する電池工場を2024年にも稼働する。脱炭素で自動車産業のEVシフトが加速するなか、基幹部品を巡る投資競争が激しくなってきた。中国系のエンビジョンAESCグループ(神奈川県座間市)は現在、英国や日本などでEV約20万台分相当の電池を生産
どうやら日本では茨城県にイギリスではサンダーランドにこれまでの数倍規模のバッテリー生産工場(合計でEV90万台分)を設立するようです。
現在は「リーフ」と「アリア」だけですが、来年以降には軽自動車規格のEVの生産も予定されており、現在のバッテリー生産能力では追いつかないため増産が決まったようです。
「中国・寧徳時代新能源科技(CATL)や韓国LG化学など世界の電池メーカーと連携」というのも記事の中に書かれていますが、ここが日産の甘いところで他社に依存するというのはバッテリーを供給する側が「うちはこういうバッテリーしか出せないよ。嫌なら他行けば?」と強気に来られると詰んでしまうリスクがあります。
実際に以前のような完成車メーカーの優位性はEVになって崩れており、むしろ電池メーカーの方が強気の立場になっているというのは以前書いた記事がありますのでご参照ください。
「BYD」など中国のバッテリーメーカーが電気自動車で仕掛ける戦略とは?【敵は強大です】
「BYD」という中国のバッテリー・電気自動車などのメーカーを知っているでしょうか?電気自動車化のトレンドの中で中国メーカーの発言力が増し、今や世界の覇権を取ろうとしていることは意外に知られていません。今日は「BYD」がリリースする電気自動車を紹介しながら、「BYD」や「CATL」などの中国メーカーの世界戦略に迫ります。
「これがないと生産できない」という基幹部品であるEVの駆動用バッテリーを外部に依存すると「いつ梯子を外されるかわからない」というリスクを抱えたままEVを作り続けることになります。
特に相手は中国ですので、仮に日本が何もしなくても米中関係の悪化によって中国側がバッテリーの供給を止めるというリスクがあります。
それがあり得るからかはわかりませんが、アメリカではGMが韓国LGエナジーソリューションズ、フォードが同じく韓国のSKイノベーションとバッテリーの共同開発を行うことになっており、中国勢は入っていません。
安全保障上のリスクを抱えるという意味では中東情勢に左右される「原油」同様にハイリスクなポジションに立ってしまうのがEV用のリチウムイオンバッテリーです。
テスラのEV用バッテリ〜の調達能力はどのくらいか?
それも合ってかテスラは日本のパナソニック、韓国のLGエナジーソリューションズ、中国のCATLなどのようにバッテリーの供給先を多方面に分散させています。
生産量も桁違いで、一つのギガファクトリーで年間30GWh〜40GWhのバッテリーを生産するので、現在あるフリーモント(カリフォルニア州)、オースティン(テキサス州)、上海(中国)だけでも合計100GWh以上のバッテリーを生産し、今後更にベルリン(ドイツ)やベンガルール(インド)などにギガファクトリーができれば更に生産能力が増強されます。
特に「ギガファクトリー上海」が稼働してからは韓国・LG製のバッテリーや中国CATL製のバッテリーも使用するようになっており、以前よりパナソニックの比率が下がっています。
世界でシェア上位のメーカー複数と協業して最新のテクノロジーが反映されたリチウムイオンバッテリーを開発するだけではなく、どこからから供給が受けられなくなった場合のリスクヘッジの意味合いもあるかと思います。
「技術があってもバッテリーがないからEVを作れない」事態が発生する可能性も
本日冒頭に取り上げたリコーのように今後「脱炭素」の流れ、ESG投資やSDGsの観点から会社の営業車や役員の乗用車などをEVに変更する企業がどんどん出てくるかと思います。
その際にEVの生産台数が少なすぎてオーダーに対応できないケースが発生した場合、原因のほとんどが「バッテリーの供給不足」です。
テスラや日産であればどうにか対応できるだけのバッテリー生産量があるかもしれませんが、現時点で本気でバッテリー開発をしていないメーカーは「EVを作りたくても作れない」状態に陥ってしまいます。
フォルクスワーゲンなども3月に開催された「Power Day」で大規模なバッテリー増産計画を出してきたのは以前の記事で紹介しました。
フォルクスワーゲン(VW)の驚異の電動化プランを検証【日本もトヨタもオワコン?】
フォルクスワーゲングループが「Power Day」において、大規模なバッテリー生産工場の設立とそこで生産される「Unified Cell」と呼ばれる新しいバッテリー技術、充電スポットの設置、V2Xを含めた再生可能エネルギーを有効に活用するための蓄電池として電気自動車(BEV)の活用など日本メーカーとは別次元の計画です。
その一方でバッテリーを自社で生産することに消極的なトヨタという会社もあります。
トヨタについても以前紹介したようにパナソニックとの協業で「プライムプラネットエナジーソリューションズ」を設立し、ここに日本政府からの出資も入って増産計画こそ打ち出していますが、はっきり言って量が全然足りませんというのは以前もお話ししています。
PHEVに依存する危険なトヨタのEV戦略とは?【EV作れない?遅れてる?】
ホンダに続きトヨタも今後のEV化戦略をあげて来ましたが、BEVに全面的に転換するホンダとは対照的にハイブリッド車とPHEVを温存するガラパゴスな計画になっています。日本を除く世界各国で内燃機関(エンジン)に対する規制が強化される中で独自路線は可能なのか、マーケットの小さい日本市場に囚われすぎではないか検討してみます。
目標に掲げる販売台数の割にバッテリーの生産計画が少なすぎるということについて書きましたのでよろしければご参照ください。
「バッテリーを自社で生産する必要はない」と力説する自動車ジャーナリストがいるのもあって「技術はあるんだからEVなんかいつでも作れるんだよ!」とイキり立って絡んでくる人が時々います。
そんな人に「バッテリーはどうやって調達するんですか?」と質問をすると「パナソニックと協業するみたいだし何とかなるでしょ」的に事の重大さを理解しない軽い回答が返ってくることが多いです。
従来の部品であれば「あそこがダメなら、こっちに依頼すれば」のように供給源を探そうとしても何とかなりますが、EV用のリチウムイオンバッテリーに関しては世界中の自動車メーカーが電池メーカーと組んで開発を行なっているように常に品薄です。
EVのリチウムイオンバッテリーは車の性能を左右する最重要の部分だからと言ってあれもこれもと過剰に要求を出して「じゃあおたくには提供しない」とバッテリーメーカーがキレたりすると終了です。
以前であれば「完成車メーカー>バッテリーメーカー」の力関係だったのでそういうことはありませんでしたが、力関係の逆転したEVでは起きる可能性が十分あります。
12Vの鉛バッテリーと同じ発想でしか捉えられないゆえに「バッテリー? そんなもの部品メーカー煽ればいつでも調達できる」という勘違いにつながるかもしれません。
ここがトヨタのファンの方々やEVを嫌いな方々にはなかなか理解されないところなのですが「技術があるからEVなんていつでも作れる」と主張するように「EVを作る技術」があったとしても(私はレクサス「UX300e」などを見る限りそれも怪しいと読んでますが)販売する台数分のリチウムイオンバッテリーを用意できなければ販売できません。
強気に私のようなEV推進派を攻撃してくる割に防御策を全く考えてないなと思うことも多いです。
仮に本日のリコーのように「会社の車を全てEVに置き換えよう」とオファーを出してもそもそもバッテリーの供給が追いつかなければ納入することすらできません。
以前の記事でも「トヨタのバッテリー生産計画が甘い」ことは指摘しましたが、もしかしたら今後「企業から大量発注を受けたのに提供できるだけのバッテリーがないから納車できない」という事態に陥る可能性も十分あります。
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