ホモソーシャルな日本企業はオワコン?【ミソジニーかつホモフォビアという謎社会】

会社に縛られない人生 雇用

こんにちは、@kojisaitojpです。「女性差別」やら「選択的夫婦別姓」について扱ってきましたが、予想通りアクセス数は落ちています(笑)。懲りずにもう一日だけ続けます。

まぁコロナの感染者数も増加の一方で「Go to トラベル」の中断も言われているような状況ですから、ホテルや飛行機について書く気力がイマイチというのがこういう話題を続ける原因でもありますが。

今日は女遊びが激しくて、美人を自分の彼女にしようという欲望が実は女性を好きだからではなく「社会からの承認」、つまり会社などの男社会から認められるためではないかとツイートを出発点に日本で女性の社会進出が進まない原因について考えてみたいと思います。

「ミソジニーなホモソーシャル」なのにホモフォビアの日本企業

女性差別のイメージ
と横文字の単語を並べても意味がわかりにくいでしょうから、まずはそれぞれの単語の意味を定義しておきます。

ホモソーシャル (英: homosocial) とは、恋愛または性的な意味を持たない、同性間の結びつきや関係性を意味する社会学の用語。 友情や師弟関係、メンターシップ、その他がこれに該当する。 対義語であるヘテロソーシャルは異性との同様な関係を指す。

ホモフォビア(Homophobia)とは、同性愛、または同性愛者に対する恐怖感・嫌悪感・拒絶・偏見、または宗教的教義などに基づいて否定的な価値観を持つこと。日本語では同性愛嫌悪や同性愛恐怖とも訳される。

ミソジニー (英: misogyny) とは、女性や女らしさに対する嫌悪や蔑視の事である。女性嫌悪(じょせいけんお)[1]、女性蔑視(じょせいべっし)などともいう。

要は男同士の結びつきが強い「ホモソーシャル」な会社という空間で、女性がその中に入ってくることは嫌う(ミソジニー)にも関わらず、男同士の話題は「会社の中でどの女性が可愛いのか?」のように女性を性の対象とした話題にすることで同性愛的な関係を否定(ホモフォビア)するということです。

ジェンダー論についての研究で、この「ホモソーシャル」という概念を提唱したセジヴィックによると「「二人の男が同じ一人の女を愛している時、いつもその二人の男は、自分たちの欲望の対象だと思っている当の女のことを気にかける以上に、はるかに互いが互いを気にかけている」

いわゆる会社員をやったことのある方ならお分かりでしょうが、これ思いっきり会社の中の人間関係ですよね。

ホモソーシャルな飲み会

同じような空間は至る所に発生し、例えば大学生でも体育会やサークルなどの男同士で集まる機会が多い空間ではよく見られる光景です。

「大学→会社」と育成されるホモソーシャル

ホモソーシャルな会社
私が大学生の時に所属していたサークルも男子は全員早稲田、女子はインカレというサークルでしたので、大学内の部室のようなスペースには基本的に男だけです(ホモソーシャル)。

私は興味がないのであまり参加しませんでしたが、授業後はサークルがない日は雀荘に行って徹夜で麻雀とかほぼ一日中男同士の人間関係です。

でも話題はサークルの女子の誰が可愛いとかそんな話ばかり(男同士の人間関係を大事にしつつも同性愛であることを否定しようとするホモフォビア)。

ところがごく稀に他の大学から女子がこのスペースに遊びに来ると何となくよそよそしい対応をして、女子が居心地よく過ごせない雰囲気になる(ミソジニー)ことがよくありました。

私は高校まで公立の共学で日常空間に女子がいるのは普通でしたので、こういう男子校的なノリにはとても付いていく気にはなれませんでした。

もしかしたらこの空間に違和感を感じる時点でいわゆるサラリーマン、「社畜」には向いていない人材だったのかもしれません(笑)。

その証拠にサークルの男子メンバーの大半はこの空間に何の疑問も持っていませんでした。この連中は私のように予備校講師になるというアウトローな生活とは違い、誰でも知っているような東証一部上場企業などに就職して普通のサラリーマンになっています。

女性に憧れつつ遠ざけるおっさん的価値観

合コンのイメージ
こんなツイートが目についたので引用します。

これ、強烈な皮肉なのわかりますか?

「銀座の高級クラブで接客するには新聞を読めなきゃダメ」のようなことが「働く女性も勉強が必要」的なニュアンスで捉えられることが多いですが、別に客が好きでそういう話をしているというわけではないということです。

合コンのイメージ

銀座の高級クラブですから、大半は50代60代の比較的高齢の男性であると思われますが、「政治の話題」でも出さないとマトモに女性と話もできないという話です。

オブラートに包んだ言い方をしてしまいましたが、要は「若い女の子と何話していいかわからない」という次元の低い話です(笑)。

思い返せば確かに大学の時に、女性経験がほぼゼロで「女の子と何を話していいかわからない」ようなことを真顔で言ってる男子校出身者が結構いました。

こういう人間がそのまま年を食って、「男子校ノリ」がいい歳こいたおっさんになっても続いているということです。

その辺にあるキャバクラでも銀座の高級クラブでも同じですが、基本的にこういうお店に一人で行く男性客はいません。大抵は男数人のグループ(しかも会社の仲間)だったりします。また「ホモソーシャル」かよという感じですが。

つまりこういうおじさん方にとっては女性は「一緒にお酒を飲む対象」ではあっても「一緒に仕事をする対象ではない」ということです。もっとキツめに言うと性的な対象ではあるけど、仕事をするパートナーではないということです。

とても違和感を感じるのは「どうして男と女をそこまで区別しようとするのだろうか?」という疑問です。

女性が社会進出されると困るおっさん達?

女性差別のイメージ画像
このことを裏付けるのが、昨日の記事でも言ったことですが「女性の社会進出が先進国で最低」という事実です。

女性の経営者の割合がたったの1割です。国会議員に至っては世界の標準と比べると更に悲惨な状況です。

この状況でありながら「少子化は女性が高学歴化したから」とか言われるのですから、恐ろしい限りです。日本とは次元が違うくらい女性が社会進出している他の先進国が日本の出生率を上回っているという事実を見ないで言うのですから意味不明です。

結局のところ「女は大人しく家で家事と子育てやってりゃいいんだよ」的な価値観が漂っているという男性陣の残念な本音が見えてきます。

合コンのイメージ

だから「職場に女性がいるとやりにくい」というような愚痴が聞こえてくることもよくあります。ホモソーシャルな男の共同体に女性が入ってきたらやりにくいのでしょう。だから企業では「総合職」と「一般職」に分けて、女性はお茶汲み・コピー取りをはじめとした事務だけやってればいい、最前線で仕事をするのは男だという風習がまかり通っているわけです。

少なくとも「女性が強くなった」とか「女性差別なんて過去の話」などと日本では言えないのが現状です。

このことを顕著に示す例がこれまで取り上げてきた「選択的夫婦別姓」に対する猛烈な反発、学部の大学入試で女子だけ減点されるという事例に見られる残念な状況です。

少なくとも女性の社会進出という点では「日本はオワコン」であると言えます。

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